生成AIによる声の模倣と著作権侵害
AI活用

生成AIによる声の模倣は著作権侵害?企業が動画公開前に確認すべきこと

タグアイコン

公開 2026-10-11

AIナレーションを広告や研修動画に使いたいものの、有名人に似た声になったら問題にならないか、気になっている担当者も多いでしょう。

声そのものは著作物ではないため、声をまねただけでは原則として著作権侵害にはなりません。ただし東京地裁は2026年9月、声もパブリシティ権の保護対象になると初めて判断しました。

この記事では、声優の津田健次郎さんの訴訟の内容をもとに、声と著作権・パブリシティ権の関係や企業が動画公開前に確認すべきポイントを解説します。

生成AIで声優の声をまねた動画をめぐる訴訟

声優の津田健次郎さんが、自身の声を生成AIで模倣した動画の削除を求め、TikTokの運営会社を訴えていた訴訟で、東京地裁は2026年9月30日に判決を出しました。生成AIによる声の無断利用をめぐる訴訟は国内で初めてとされ、判決の内容が注目されています。

生成AIで津田健次郎さんの声を模倣した動画が公開

問題となったのは、氏名不詳の人物がTikTokに投稿していた動画です。2024年7月から2025年9月にかけて、都市伝説や雑学などを紹介する動画が188本投稿され、アカウントのフォロワーは約21万人にのぼりました。

動画には、津田さんの声に似たAIのナレーションが使われていました。アカウントのアイコンも、津田さんが声を担当するアニメ「呪術廻戦」のキャラクターに似たものだったと報じられています。視聴者からは「ツダケンの声がする」といったコメントが寄せられていました。

津田さん側は投稿者の特定を試みましたが、通信記録の保存期間が過ぎており、特定できませんでした。TikTokに削除を求めても応じられなかったため、2025年11月に運営会社を相手に動画の削除を求めて提訴しました。

争点は、AIで生成された声が津田さんの声といえるかどうかと、声が法的に保護されるかどうかです。津田さん側は、生成AIで意図的に津田さんの声質を再現したもので、パブリシティ権の侵害や不正競争防止法違反にあたると主張しました。

これに対してTikTok側は、投稿者が友人の声をAIに学習させたもので、ナレーションは「普遍的な男性の声」にすぎず、津田さんの声とは似ていないと反論していました。

東京地裁の判断は?

東京地裁は判決で、人の声は「肖像と同様に個人の人格の象徴」であると述べ、声もパブリシティ権の保護対象になるとの判断を示しました。

声が商品の販売などを促進する力(顧客吸引力)を持ち、専らその力を利用する目的で無断で使われた場合は、パブリシティ権の侵害になり得るとしています。声がパブリシティ権の対象になると明示した司法判断は、これが初めてとみられます。

一方で、津田さんの削除請求は棄却されました。審理の途中で投稿者がアカウントごと動画を削除しており、TikTokに削除を命じる必要がなくなったためです。そのため、問題の動画の声が津田さんの声に似ているか、権利を侵害していたかについて、判決は判断していません。津田さん側は、動画の削除という目的は達成されたとして控訴しない方針です。

ニュースでは「敗訴」と報じられましたが、棄却の理由は動画がすでに存在しないことであり、声の模倣が許されると判断されたわけではありません。

では、指摘を受けてから動画を削除すれば問題はないのでしょうか。公開していた間の侵害に対する損害賠償の請求は、動画を削除しても残ります。法務省の報告書では、パブリシティ権侵害の損害は使用料に相当する額で認められることが多いと整理されています。

企業が広告や動画で同じことをすれば、削除で済むとは限りません。損害賠償に加えて、公開した企業として信用を失うおそれもあります。

出典:東京地方裁判所「投稿記事削除請求事件」判決文

生成AIの著作権侵害とは?

生成AIで声をまねたときに問題になるのは、著作権よりもパブリシティ権です。声そのものは著作権で保護されないためです。ここでは、パブリシティ権の内容と、著作権との違いを説明します。

パブリシティ権とは

パブリシティ権(パブリシティー権)とは、著名人の氏名や肖像などが持つ顧客吸引力を保護する権利です。2012年のピンク・レディー事件の最高裁判決では、こうした顧客吸引力の利用を目的とする無断使用のうち次の3項目は、権利侵害になり得ると判断されました。

  1. 肖像などそのものを鑑賞の対象となる商品として使う(ブロマイドなど)
  2. 商品の差別化のために肖像などを付ける(キャラクター商品など)
  3. 肖像などを商品の広告に使う

法務省が2026年8月に公表した報告書でも、声の無断使用とパブリシティ権関係が整理されています。実際の声優に似せたAI音声を広告や研修動画に使う場合には注意が必要です。

生成AIで声を使うと著作権侵害になる?

声そのものは、著作権法の保護対象ではありません。

ただし、録音された音声を無断で複製・転載すると、実演家の権利(著作隣接権)などを侵害する可能性があります。

また、著作権侵害にあたらなくても、パブリシティ権のほかに、本人の承諾なく声をみだりに利用されない権利(人格権)や、不正競争防止法の問題になる場合があります。人格権は著名人でなくても認められるため、社員や一般の人の声を本人の承諾なく使う場合も注意が必要です。

著作権・著作権法30条の4との違い

生成AIと著作権の関係は、AIの開発・学習と、生成・利用の段階を分けて考える必要があります。

学習の段階では、著作権法30条の4により、コンピュータ解析などの「非享受目的」であれば、原則として著作物を権利者の許諾なく利用できます。ただし、特定の作品に似たものを出力させる目的がある場合や、著作権者の利益を不当に害する場合などは、対象外となることがあります。

一方、生成・利用段階では、既存の著作物との類似性と依拠性で、著作権侵害かどうかが判断されます。

注意したいのは、30条の4が著作権を制限する規定であり、パブリシティ権には適用されないことです。AIの学習は著作権法で認められている場合でも、特定の声優の声に似せた音声を広告や収益化した動画に使えば、パブリシティ権の侵害になる可能性があります。

生成AIを使用する業務で確認すべきこと

企業が生成AIの音声を利用する際は、自社で制作する場合、外部に委託する場合、従業員が個人で使う場合のそれぞれで確認することがあります。どの場面でも、実在の人物の声に似せていないかと、本人を想起させる情報を付けていないかが重要な確認ポイントとなります。

広告・動画・研修教材でAIナレーションの利用

広告にAIナレーションを使う場合は、特に注意が必要です。著名人の声に似た音声を広告に使うと、パブリシティ権侵害の3つ目の類型(広告への利用)に直接あてはまるためです。

公開前には、次の点を確認しましょう。

  • 特定の人物の声に似せる指示や、本人の音声の入力をしていないか
  • 音声生成サービスの利用規約で商用利用が認められているか
  • サービスが提供する声が、本人の同意を得て作られたものか
  • タイトルや説明文、画像に、著名人やキャラクターを想起させる名前・表現を入れていないか
  • 社内の複数人が聞いて、特定の人物の声を思い浮かべないか

法務省の報告書では、生成AIの声が本人の声にあたるかは、声の類似性だけでなく、タイトルや説明文などの付加情報を合わせて判断するとされています。例えば「〇〇さん風」といった表現を添えれば、本人の声を使ったと判断されやすくなります。

また、「AI音声です」と表示すれば安全というわけでもありません。本人と無関係であることを表示すれば、不正競争防止法上の混同を判断する際に考慮されますがパブリシティ権の侵害まで否定されるとは限りません。

一方、研修教材などの非営利目的の利用は、パブリシティ権の類型にはあたりにくいと考えられます。ただし、営利目的でなくとも、声をみだりに利用されない権利(人格権)の侵害が問題になる可能性はあります。社内向けであっても、本人の許諾なく人物の声に似せた音声は使わないようにしましょう。

出典:法務省「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」取りまとめ報告書

外部委託先の音声生成AIの利用

制作会社や広告代理店に動画や音声の制作を任せる場合も、確認は必要です。委託先が作ったものでも、公開元の企業が権利者から削除や損害賠償を求められる可能性があります。

発注時には、AI音声を使うかどうかに加え、利用するサービス名や声の出所を確認しましょう。契約書には、第三者の権利を侵害しないことの保証と、問題が起きたときの対応や費用の負担を定めておくことが重要です。納品時にも、自社で制作する場合と同じ項目を確認しましょう。

従業員の個人利用と社内ルール

従業員が業務で音声生成AIを使う場合も、社内ルールが必要です。会社のSNSに投稿する動画や営業資料に付ける音声を、担当者が個人の判断で作ることがあるためです。

社内ルールでは、本人の許諾なく実在の人物の声や肖像を模倣したコンテンツの生成をしないことを明記しましょう。また、業務で使ってよい音声生成サービスを指定し、他人の音声データをサービスに入力しないことも定めておきます。会社のSNSなどでAI音声を使う場合は、公開前の確認ルールの対象に含めましょう。

まとめ:生成AIの声の模倣はパブリシティ権に注意

声そのものは著作物ではないため、生成AIで声をまねただけでは著作権侵害になりません。しかし東京地裁は2026年9月、声もパブリシティ権の保護対象になると初めて判断しました。津田健次郎さんの請求が棄却されたのは動画がすでに削除されていたためで、声の模倣自体が認められたわけではありません。

企業が特に注意したいのは、著名人に似た声を広告や収益化した動画に使うことです。「AI音声です」と表示しても安全とは限らず、公開後に削除しても損害賠償を求められる可能性はあります。

まずは、自社でAIナレーションを使っている動画や広告を洗い出し、実在の人物の声に似せていないかを確認することから始めましょう。

関連記事