総務省の令和8年版情報通信白書を見ると、AI人材の育成を妨げている要因がどこにあるか見えてきます。
「AI導入を前提とした新たなスキルを身につけなければならない」と考える日本の回答者は63.7%で、前年から10ポイント上がっています。一方、育成の方針を示している企業はわずか10.4%です。
この記事では、社員と企業のずれがどこにあるのかを白書のデータから示します。
社員の63.7%は「新しいスキルが要る」と考えている
令和8年版情報通信白書第1部の個人向け調査に、仕事においてAIが今後担いうる役割や影響について尋ねた設問があります。以下の表は、「そう思う」と「どちらかといえばそう思う」を合計した値です。
| 仕事におけるAIの影響について | 2025年 | 2024年 |
| AI導入を前提とした新たなスキルを身につけなければならない | 63.7% | 53.7% |
| AI導入を前提とした新たな仕事のやり方を考えなければならない | 60.5% | 53.1% |
| 自分の仕事がAIに代替され、職を失う | 40.0% | 35.2% |
スキル獲得の必要性は前年から10ポイント上昇
新しいスキルが必要だと考える人は、2024年の53.7%から2025年の63.7%へ、1年で10.0ポイント増えました。仕事のやり方を考え直す必要があるという回答も7.4ポイント増えていることがわかります。
1年でこれだけ変化するということは、社員の認識が変わっているということです。 研修の案内を受け取る前に、6割の人が自分から必要性を感じている状態です。
「自分の仕事がAIに代替され、職を失う」は40%
スキルの必要を感じることと、職を失う不安は同居しています。学ばなければならないと考えている人のなかに、学んだ先で自分の仕事が残るのか分からない人がいます。
AIへの危機感は米国・ドイツと変わらない
日本だけがこの水準なのであれば、現場の意識の問題という説明も成り立ちますが、国別データを見るとそうではありません。
| AI導入を前提とした新たなスキルを身につけなければならない | 日本 | 米国 | ドイツ | 中国 |
| そう思う+どちらかといえばそう思う | 63.7% | 65.3% | 65.0% | 82.6% |
| うち「そう思う」 | 21.5% | 33.7% | 26.1% | 30.8% |
この結果を見る限り、「日本の社員はAIに後ろ向き」とはいえません。
ただし内訳を見ると違いがあります。「そう思う」と答えた人は日本の方が米国より12.2ポイント低かったです。合計はほぼ同じでも、はっきりそう思っている層の厚みが違います。
日本は「どちらかといえば」に寄っており、考えが定まっていない人が多い状態です。この層がどちらに転ぶかは、企業側の対応次第といえます。
AIを使わない理由の1位は「使い方がわからない」
学ぶ必要は感じているが、それでも生成AIの利用が広がらない理由は別にあります。同じ調査に、テキスト生成AIを利用していない人へ理由を尋ねた設問があります。
| テキスト生成AIサービスを利用しない理由 | 日本 | 米国 | ドイツ | 中国 |
| 自分の生活や業務に必要ない | 42.4% | 47.7% | 50.9% | 24.7% |
| 使い方がわからない | 38.8% | 18.5% | 16.5% | 32.9% |
| 魅力的なサービスがない | 12.9% | 10.6% | 5.7% | 9.6% |
| 情報漏えい、セキュリティ、安全性に不安がある | 10.4% | 19.9% | 16.0% | 20.5% |
| 利用環境が整っていない | 6.5% | 11.6% | 9.0% | 23.3% |
| 品質に不安がある | 6.5% | 13.4% | 14.2% | 26.0% |
| 費用が高額である | 5.0% | 6.9% | 7.5% | 20.5% |
| 従来の文化や習慣を変えられない | 2.7% | 6.9% | 2.8% | 15.1% |
日本と海外を比較して目立つのは「使い方がわからない」割合です。米国、ドイツに比べて2倍以上です。
なお日本、米国、ドイツでは、利用しない理由として最も多いのが「自分の生活や業務に必要ない」でした。
使わない理由として必要性を否定している人は、日本でも一定割合いますが、学ぶ必要は感じており、必要ないとも思っていません。
止めているのは意識ではなく方法
日本が4か国で最も高いのは「使い方がわからない」と「魅力的なサービスがない」の2つだけです。逆に、費用や利用環境、品質、情報漏えいへの不安、従来の文化の5項目は、いずれも4か国で最も低い値でした。
日本の非利用者は、費用も環境も品質も文化も理由に挙げていません。挙げているのは方法がわからないことです。そして、方法がわからないという状態は、企業側の働きかけで変えられます。
出典:総務省「令和8年版情報通信白書」第Ⅰ部第2章第1節「企業におけるAI利用の現状」(24頁、図表Ⅰ-2-1-5)
企業でAI人材育成の方針があるのは1割
ここからは企業向けAI調査結果から解説します。回答者も調査対象も異なるため、同じ会社の社員と経営者を比較する数字ではありません。
業務プロセスの見直しや生成AI活用検討に必要なスキルやノウハウを学ぶ環境があると答えた日本企業は39.9%でした。米国、ドイツ、中国と比べて低く、日本では研修や勉強会の場を持つ企業のほうが少数派です。
人材のリスキリングや配置転換の方針が明示されている企業は10.4%です。こちらの項目でも4か国で最も低い値になります。
社員の6割が学ぶ必要を感じ、企業の4割が学ぶ場を持ち、1割が育成の方針を示している。 この3つが順に細くなる形が、日本のAI人材育成の現状です。
出典:総務省「令和8年版情報通信白書」第Ⅰ部第2章第1節「企業におけるAI利用の現状」(23頁、図表Ⅰ-2-1-4)
「職を失う」40%は企業の沈黙が支えている
先に見たとおり、自分の仕事がAIに代替されて職を失うと考えている人は40.0%です。一方で、リスキリングや配置転換の方針を明示している企業は10.4%にとどまります。
方針が示されていない状態では、社員はAI導入が自分にとって何を意味するかを自分で推測することになります。推測の材料が業務の効率化と省人化しかなければ、考え着く先は限られます。
AI導入を前提とした新たなスキルの必要性について、「どちらかといえばそう思う」が多くの割合を占めました。日本で考えが定まっていない人は4割以上いてこの層は、企業が方針を示せば学ぶ側に動き、示さなければ身構える側に残るでしょう。
AI人材育成の方針として書くべきこと
AI人材育成の解説では、最初のステップとして「目標を明確にする」が置かれることがよくあります。書くべき中身までは示されません。
白書の企業向け調査では、経営層の取組が5つの項目に分かれています。
- 経営戦略への目的の明示
- 各部署への実施事項の提示
- 推進する責任者の明確化
- 投資計画の具体化
- 人材のリスキリングや配置転換の方針の明示
この記事が扱うのは最後の1項目で、他の4項目については別の記事で扱っています。
方針として書く内容は3つに分けられます。
1. どの業務のどの工程をAIに任せるか
対象が決まらなければ、誰にどのスキルが要るかも決まりません。明確な目的や目標が定まっていないと答えた日本企業は29.5%あります。
ここで人材の類型から入らないことが大事です。日本企業でAI・データ解析の専門家が社内にいるのは26.4%で、米国75.4%、ドイツ77.3%、中国74.1%と開きがあります。この差を埋めることを目標に置くと、自社に要るかどうか分からない人材像を追うことになります。工程を先に決めれば、必要なスキルはそこから逆算できます。
2. その工程を担当していた社員が次に何をするか
AI人材育成と同じく重要な項目が「配置」です。見積書の作成をAIに任せるなら、それまで作成していた社員が次に何を担当するかまで書きます。
学んだ先に自分の仕事が残るのかが分からないまま、学ぶ内容だけが提示されても、40%の不安がなくなることはありません。
3. 対象と期限を決める
誰を対象に、いつまでに、どの状態にするかを決めます。全社員を対象にすると始まりません。1で決めた工程に関わる部署から始めれば、対象は数人から十数人の単位になります。
研修の場を用意する前に、その研修が何につながるかを示す。企業が採るべき順序としてはこちらが先になります。
AI人材育成に関するよくある質問
最後にAI人材育成でよく挙がる疑問に答えます。
Q1. 社員がAI研修に前向きではありません
日本で新しいスキルが必要だと考えている人は63.7%で、米国・ドイツとほぼ同じ水準です。前向きでないというより、「どちらかといえばそう思う」42.2%と、態度が定まっていない層が厚い状態です。この層は方針が示されるかどうかで動く方向が変わります。
Q2. 外部研修と社内育成のどちらがよいですか
AI・データ解析の専門家を確保するための取組では、日本企業の回答は社内の既存人材の配置転換や育成25.8%、採用20.2%、コンサルタントなどの社外の専門家との契約19.0%でした。社内育成が最も多いものの、3つに大きな差はありません。どれを選ぶかより、何のための人材かが決まっているかが先になります。
Q3. AI人材育成は何から始めればよいですか
研修の選定からではなく、いま最も人の時間を使っている業務を一つ選び、その工程のどこをAIに任せるかを決めるところからです。対象の工程が決まると、必要なスキルと対象者が同時に決まります。
Q4. 中小企業でも育成に取り組めますか
企業規模による差は項目によって違います。中小企業と大企業の比較は別の記事で扱っています。
まとめ:AI人材育成は方針を書くところから
AI人材育成が進まない理由として社員の意識が挙げられることがありますが、白書のデータには違った結果が書いてありました。新しいスキルが必要だと考える日本の回答者は米国・ドイツと同様に高い水準に位置しています。
一方で、学ぶ環境がある、リスキリングや配置転換の方針を明示していると答えた企業は多くありません。多くの企業において、社員の意識のほうが先に動いている状態です。
やるべきことは、研修の計画を立てることではありません。いま最も人の時間を使っている業務を一つ選び、その工程のどこをAIに任せるかを決め、担当していた社員が次に何をするかを一行で書く。
それがリスキリング方針の最小単位です。対象が業務一つ分に絞られていれば、必要なスキルも対象者も、そこから決まります。
出典:総務省「令和8年版情報通信白書」第Ⅰ部第1章第1節「個人におけるAI利用の現状」(図表Ⅰ-1-1-6、Ⅰ-1-1-19)
出典:総務省「令和8年版情報通信白書」第Ⅰ部第2章第1節「企業におけるAI利用の現状」(図表Ⅰ-2-1-4、Ⅰ-2-1-5)
出典:総務省「令和8年版情報通信白書」「データ集」(特集「仕事においてAIが今後担いうる役割やもたらしうる影響(国別)」、第Ⅱ部第1章第11節「デジタル化に対応する人材の在籍状況(各国比較)」「デジタル人材の確保に向けた取組(各国比較)」)